名所旧跡

いまも残る、時代の風格。

五戸は慶長以後南部氏に属し、南部藩独自の通制として五戸代官所が置かれ、この地方の15村一万五千石の司法、行政、警察権を統括していました。文久年間に再建されたと推定される代官所の門は現存し、代官所も当時の図面を基に復元されています。
昭和48年、国指定重要文化財に指定された「江渡家住宅」は、天明年間の建築といわれ、大規模な寄せ棟造りのかやぶき屋根が特徴です。江戸末期の建築と伝えられる「旧圓子家住宅」は、武士住宅の様式を備えた建物で、敷地内には推定樹齢750年、日本最古とも言われるカシワの木があります。さらに、格天井に極彩色の植物が描かれた「寶福寺」や、「地蔵岱の地蔵尊」など、人々の暮らしと時代の文化を今に伝える名所が数多く残っています。

 

歴史をたどる道。

「歴史の道百選」に選ばれた奥州街道を歩いてみませんか。
五戸町を貫く奥州街道。中でも「古街道」と呼ばれる、町の南側の部分はかつての街道の姿を色濃く残しています。道沿いには、明治天皇御休憩所跡や一里塚、ひときわ大きくそびえる「並木の松」、鬼婆伝説まで、歴史の深さを感じられる名所が案内板とともに点在し、散策の道中を楽しませてくれます。また、晴れた日には、高山峠の展望台から名久井岳や八甲田山などを眺めることができます。

 

江渡家住宅 (国指定重要文化財)

天明年間(1781~1788)の建築といわれる寄せ棟造りのかやぶき屋根。現在も民家として使用されており、外観のみ見学可能です。昭和48年2月国重文指定。

旧圓子家住宅 (青森県重宝)

旧圓子家住宅は、江戸時代の武士であった圓子氏の住宅です。圓子氏は「九戸の乱」(1591)の後に五戸町大字倉石中市に居を構え、南部藩直命の山奉行となったと伝えられています。

寳福寺 (青森県指定文化財)

寳福寺の始まりは正応年間(1292年頃)と伝えられています。本堂は江戸末期の特徴をよく表し、延床面積は約93坪、天井は寄棟造型化粧屋根裏という珍しい構成となっています。

新山神社

本社の勧請は、元禄2年(1689年)盛岡藩士木村又助秀晴の創建といわれています。神社全体が昇竜降竜の彫刻に覆われており、県下でも珍しい建物として知られています。

五戸町消防団第一分団屯所(青森県重宝)

赤いドーム屋根は、県南地方の代表的なデザインです。大火により大正11年に建て直され、現在も消防屯所として使用されています。平成15年7月県重宝指定。